告白
先日、AI事業を率いている人間と飲んだ。話題がパワーポイントに移った瞬間、二人とも止まらなくなった。
「終わらせたいんだよね、パワーポイント」
盛り上がった。業界の最前線にいる人間が、同じ苛立ちを抱えていた。
告白する。自分はパワーポイントを大量に作っている人間だ。AIを使って、テンプレートを組んで、自動生成のパイプラインまで構築している。
その当事者が「終わらせたい」と言っている。
これは愚痴ではない。構造の話だ。
増殖する確認ステップ
パワーポイントは、業務を増やす装置になっている。
提案書を作る。上長に確認する。修正する。再確認する。クライアントに送る。フィードバックが来る。修正する。再送する。
1枚のスライドが通過する確認ステップは、平均で4〜6回。
しかもそのほとんどが「見た目」の確認だ。フォントが揃っているか。余白は統一されているか。ロゴの位置はガイドラインに合っているか。
情報の中身ではなく、体裁の検品に時間が消えている。
パワーポイントが存在することで、「体裁を整える」という本質的でない作業が正当化され、確認ステップが際限なく増殖する。ファイルを開く回数だけ、人件費が溶けている。
なぜPPTXは死なないか
技術的に見れば、PPTXは旧い。XMLベースのバイナリパッケージ。バージョン管理できない。差分が取れない。共同編集は壊れやすい。
それでも死なない。理由は技術ではなく文化にある。
「ファイルを渡す」という行為が、日本の商習慣に深く刺さっている。
提案書を「納品」する。報告書を「提出」する。企画書を「送付」する。すべて「ファイルを手渡す」動作が前提になっている。
メールに添付できること。USBに入ること。オフラインで開けること。印刷できること。これらの要件をPPTXは完璧に満たしている。
Googleスライドが普及しきらないのも同じ理由だ。URLを渡す文化がない。「このリンクを開いてください」は、日本の大企業では通じないことがある。セキュリティポリシーで外部URLが遮断される環境も珍しくない。
PPTXが生き残っているのは、PPTXが優れているからではない。PPTXを前提にした業務設計が、すでに全体に浸透しているからだ。
AIでPPTXを作るという矛盾
最近、AIでプレゼン資料を自動生成するサービスが増えた。
テキストを入力すれば、構成を考え、デザインを整え、PPTXファイルを出力してくれる。便利だ。
だが、冷静に考えてほしい。
それは馬車を速くしているだけだ。
PPTXという形式が業務を複雑にしている。その複雑さの中核にある「ファイルを作って渡す」フローを、AIが高速化している。問題を解決しているのではなく、問題の回転速度を上げている。
AIの力を使うなら、PPTXを速く作ることではなく、PPTXを作らなくて済む仕組みに使うべきだ。
自分もAIでPPTXを生成するパイプラインを組んでいる。矛盾は自覚している。だからこそ言える。この延長線上に未来はない。
HTMLでいいじゃん
技術的には、とっくに答えが出ている。
HTMLで書けばいい。
レスポンシブで、バージョン管理できて、差分が取れて、URLひとつで共有できて、ブラウザさえあれば開ける。インタラクションも、アニメーションも、データの動的反映もできる。
PPTXにできてHTMLにできないことは、ほぼない。HTMLにできてPPTXにできないことは、山ほどある。
プレゼンテーションツールとして見ても、reveal.jsやSlidevのようなフレームワークが成熟している。コードで書けるプレゼンは、デザインの再現性もバージョン管理も圧倒的に優れている。
技術的には解決済み。だが、業界は動かない。
「HTMLで提案書を送る」と言ったら、クライアントの情シスが止める。「PPTXで出してください」と返ってくる。技術の問題ではなく、受け取る側の問題だ。
終わらせるのは技術じゃない
パワーポイントを終わらせるのは、新しいツールではない。
Google、Apple、Canva、Figma。代替ツールはいくらでも出た。どれもPPTXを終わらせられなかった。ツールを変えても、「ファイルを作って確認して渡す」というワークフローが変わらない限り、何も変わらない。
終わらせるべきはソフトウェアではなく、ワークフローだ。
情報を伝える方法は、ファイルを渡すことだけではない。ダッシュボードを見せる。プロトタイプを触らせる。ドキュメントを共同編集する。そのほうが速いし、確認ステップも減る。
だが、ワークフローを変えるのは技術の仕事ではない。文化の仕事だ。
「PPTXで出してください」と言う人間を責めても意味がない。その人間が属する組織の意思決定構造が、PPTXを前提に設計されている。構造を変えるには、構造を理解している人間が、中から動くしかない。
パワーポイントを最も作っている人間が、パワーポイントを終わらせる。
矛盾しているように聞こえるだろう。だが、内側にいない人間に構造は見えない。