壁打ちの前提条件
壁打ちという言葉は軽く使われすぎている。
本来、意味のある壁打ちが成立するには条件がある。相手に自分と同等の 案件に対するコンテクスト、経験値、スキル が備わっていなければならない。これが揃わないと、一方通行の独り言になる。壁に向かってボールを投げているつもりが、壁がなかった、という状態だ。
そしてもうひとつ。仮にそんな理想的な相手がいたとしても、その人を捕まえるにはスケジューリングが要る。壁打ちのために会議を設定する。相手のカレンダーを確認する。時間を合わせる。思いついた瞬間に壁打ちができるわけではない。
経営者にとって、この「タイミングの制約」は想像以上に大きい。意思決定が必要な瞬間は、会議室の予約状況とは無関係にやってくる。
AIが外す3つの制約
1. 時間の制約
深夜2時に戦略の着想が降ってくる。週末に競合の動きが気になる。AIはこの瞬間に応じられる。スケジュール調整は不要。思考の鮮度が最も高い瞬間に、即座に壁打ちが始まる。
これだけで、意思決定の速度は劇的に変わる。
2. コンテクストの制約
通常の壁打ちでは、まず相手に背景を説明する必要がある。「このプロジェクトの経緯は…」「クライアントの要望は…」「前回の打ち合わせでは…」。この説明だけで15分は飛ぶ。
AIにはプロジェクトメモリーがある。過去の経緯、決定事項、未解決の課題。これらを記憶させておけば、案件理解がある状態で即座に壁打ちが始まる。引き継ぎゼロ。説明ゼロ。本題から入れる。
だから、なるべく過去の意思決定の経緯やその理由をプロジェクトメモリーとして保存するようにしている。これは「AIを賢くする」ためではない。次の壁打ちの立ち上がりを速くするためだ。
3. 作法の制約
ブレストには暗黙のルールがある。「代案なき否定はしない」。これはブレインストーミングの絶対的な作法だ。
だが、生身の人間はこのルールを破る。悪意ではない。喋り方のクセ、無意識の反射、その日の気分。「いや、それは違うと思う」と言ってしまう。代案なしで。場の空気が一瞬で冷える。アイデアの芽が摘まれる。
AIは否定する。だが、否定理由と代案を必ずセットで提示する。「この方向はリスクがある。理由は3つ。代替案としてはこういう選択肢がある」。この形式が崩れない。
結果として、冷静かつ迅速に、ノンストレスで生産的なブレストができる。感情的な摩擦がゼロだから、思考に100%集中できる。
誰に効くのか
この恩恵は、経営者に限った話ではない。
- マーケッター — キャンペーン企画の初期仮説を即座に検証できる
- プロデューサー — プロジェクトの方向性を深夜の思いつきから翌朝の提案に変換できる
- クリエイティブ・ディレクター — コンセプトの言語化と検証を一人で完結できる
共通しているのは、「構想を練る」フェーズがある職種だということ。構想は、壁打ちによって研ぎ澄まされる。その壁打ちの品質と頻度が上がれば、アウトプットの質も上がる。シンプルな因果だ。
壁打ちの質を上げるコツ
AIとの壁打ちにもコツがある。
- 前提を省略しない — プロジェクトメモリーに頼りつつも、今回の壁打ちの目的は明示する。「AとBで迷っている。判断基準はコストと速度」のように
- 否定を歓迎する — 「問題点があれば指摘して」と明示的に求める。AIは遠慮する傾向がある
- 代案を3つ求める — 1つだと比較ができない。3つ出させて、そこから議論を広げる
- 結論を急がない — 壁打ちは結論を出す場ではなく、思考を広げる場。結論は壁打ちの後に自分で出す
まとめ
意味のある壁打ちの条件は「同等のコンテクストを持つ相手」と「タイミング」だった。AIはこの2つの制約を同時に外す。さらに、代案なき否定をしないという作法を完璧に守る。
個人的には、AIを使わない理由がないと思っている。少なくとも「構想を練る」仕事をしている人間にとっては。
10年間、一人で経営してきた。壁打ちの相手がいない孤独は、経営者なら誰でも知っている。その孤独に、ようやく答えが出た。